姫路城が世界遺産になったのはいつ?なぜ登録されたか、理由や日本で何番目に登録されたのかについても

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sayamaによるPixabayからの画像
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日本にはかつて25000以上の城がありましたが、
現在あるのは
200城ほどです。

中でも姫路城は世界遺産としても有名なお城ですが、
世界遺産になったのはいつかというと1993年のことです。
日本で最初に世界遺産登録されました。

なぜ世界遺産登録されたか、その理由や姫路城の特徴など、
姫路城について詳しく紹介していきます。

 

姫路城が世界遺産になったのはいつ?なぜ登録された?

姫路城が世界遺産になったのは19931211日です。

姫路城はなぜ世界遺産に登録されたのか?登録理由が気になりますよね。

世界遺産に登録された理由の1つは、日本の城郭建築を代表する史跡建造物として
高い評価を受けたからです。

完成度が日本の木造建築の中で最高水準であり、
世界的にみて優れた城であったことが評価されました。

また、城郭建築の最盛期だった17世紀はじめに、
天守群を中心に建築物や土木建築物の保存状態が良かったこと、
防御の観点から日本独自の造りが示されていた点も評価されました。

世界遺産登録の理由の2つめは、
戦乱や災害などの被害を受けて破壊されることがなかったからです。

不戦の城といわれ、第2次世界大戦中は空襲の標的にならないように、
市民が黒い布で城を隠していたとのことです。

焼夷弾が一度だけ当たったことがあるそうですが、
不発に終わったため火災になりませんでした。

姫路城は日本で何番目に世界遺産登録された?

姫路城は日本で最初に世界遺産に登録された城です。
姫路城とともに奈良県の法隆寺も登録されました。

観光客が増えている理由も納得できます。

・姫路城はどのくらい人気なのか?

姫路城はどれくらいの人が訪れているのか?

姫路市によると、2020年4月に公開された情報では
2019年度の姫路城入城者数は1,548,071人でした。

中でも、平成の大修理が終わり一般向けに大天守の公開が再開された
20153月以降の外国人入城者数は毎年増えています。

日本人だけではなく外国人にも親しまれている城といえます。

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姫路城の特徴や歴史

姫路城の特徴や歴史を少し紹介します。

姫路城の特徴

姫路城は大天守を始めとして、城門や櫓など見どころがありますが、
時代によって石垣の積み方が違います。

豊臣秀吉の時代は野面積みと呼ばれ、
自然の石を加工しないでそのまま積み上げていくやり方がとられていました。

池田輝政の時代には、積み石の接合部分を加工して石を互いに組み合わせる
「打込接ぎ」と呼ばれるやり方を取っていました。

時代の流れや入城した人の考え方により、
造りが違うのですからそれぞれのやり方で城づくりを工夫している点が優れています。

・迷路のような門

姫路城は天守に着くまでの門がいの門から始まり、ろ、は、に、ほ、水の門を通ります。
道も
90度に曲がったり、急カーブだったりと登ったと思ったら
下り坂になったりするなど迷路のようになっています。

敵の侵入を防ぐために工夫されている門なのです。

姫路城の歴史

姫路城は室町時代の1331年に赤松則村が砦を建てたのが始まりです。
室町時代は赤松氏の居城として使われていました。

・戦国時代

室町時代の後、織田信長の命令を受けた豊臣秀吉が1577年に別所氏を滅ぼした後、
秀吉が3層の天守閣を築きます。

・江戸時代

関ヶ原の戦いが終わった後、池田輝政が姫路城に入ります。
現在の天守閣のもとになる5層6階地下1階の建設を9年かけて
本格的に姫路城の整備が始まりました。

その後は本多忠政が城に入ります。
忠政は西の丸と三の丸など増改築を進めていきます。

江戸時代には郡山の松平氏が入ったかと思えば、山形松平氏が入り、
再度本多氏、榊原氏が入っていたので大名の出入りが激しかったです。

最終的には酒井氏が1749年に城に入ることになります。

まとめ

およそ400年以上の長い歴史のある姫路城について調べました。

1991年には国宝に指定されていますが、
一度も戦災や災害の被害を受けることなく残っている日本の城は数少ないです。

そんな姫路城でも江戸時代の戊辰戦争や明治維新、
太平洋戦争には焼失や取壊しの恐れがありましたが、難なく逃れている点はすごいと驚きました。

白くて美しい見どころのある姫路城を是非とも現地で見てみたいと感じました。

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