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刀匠・吉原義人氏とは?名刀の価格は?刀鍛冶の現在の仕事や、人数についてなども調査

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日本刀で有名な刀匠・吉原義人氏は
東京都葛飾区で刀鍛冶を営んでいます。

刀鍛冶職人の吉原義人氏とはどんな人なのでしょう?
また、職人が作る名刀の価格はどのくらい?

刀鍛冶は日本で歴史の長い職業ですが
現在はどんな仕事をしていて、
日本全国で人数はどれぐらいいるのか・・

この様な気になるところを調査してお伝えしていきます。

日本刀の刀匠・吉原義人氏とは?葛飾区の刀鍛冶職人について

刀鍛冶の吉原義人氏の名前「義人」は「よしんど」と読みます。
1943年2月21日生まれで東京都葛飾区出身です。

吉原氏は刀鍛冶職人の他に、日本刀鍛錬道場代表を務めています。

刀鍛冶職人としての経歴

吉原氏の祖父国家(くにいえ)氏が大正8年に月島に鍛冶場を作ったのが
吉原家の職人としての始まりです。

初めは包丁やはさみを作っていましたが、
刃物の世界で知られるようになり刀鍛冶職人となりました。

大正時代に津波があって月島が被害を受けたため、葛飾区へ移りました。

終戦後、日本はアメリカとの約束で日本刀を作ることができなくなりましたが、
昭和
30年頃に再開されました。

義人氏は小学3年から4年生ぐらいの時はふいごと呼ばれる仕事を手伝いました。
ふいご(鞴)の意味は以下のとおりです。

金属加工精錬などで高温が必要となる場合に、燃焼を促進する目的で使われる道具を指す。
引用:Wikipedia

その後12歳から13歳ごろ、本格的に刀職人としての修業を始めます。

初めは火を起こす作業やおじいさんの手伝いをしていたので、
小さいころから祖父の姿を見て仕事に興味がありその道に進みたいと考えていました。

夢中で仕事に取り組み、20代、30代の時は
毎週日曜日に刀の勉強会にも参加していました。

吉原一家は東京都の無形文化財にもなっています。

刀鍛冶職人としての実績

・伊勢神宮の御神刀(20年に一度の勲章)の指名を3

・日本職人名工会殿堂名匠

1972年文化庁長官賞

他多数

実績を見ても分かる通り、
自分の家族の後ろ姿や若いころの努力から多くの実績を残されています。

また、書籍も出版しています。

吉原義人氏のもとには現在弟子が6人いて、刀職人の育成に努めています。

大切にしていること

義人氏は、鍛冶職人としての腕とセンス、
職人としての心構えの3点を大切にしています。

日本刀を作る上での形や素材などの様子を見極められることや技術力、
刀に対する探求心を持っているかといった点です。

80歳までは職人を続けたいと考えています。

吉原氏は日本国内外で刀鍛冶として有名です。

有名となったのはテキサス州の大学で作った刀が気に入られ、
ダラス美術館とメトロポリタン美術館が買い取りました。

また、日本刀に興味をもっているのは日本人ではなく外国人なので今後、
日本の若者たちに日本人のサムライ文化を伝えていくことを考えています。

メディアでも、吉原氏は2017年4月16日に放送された情熱大陸に出演しました。

 

吉原氏の名刀の販売価格は?

吉原氏の日本刀の価格は300万から400万円しますが、
それ以上することもあります。

材料費で50万円から60万円かかる他に、人件費や刀の鉄を作ったり研ぐ、
鞘や柄を合わせたりするなどの部品を作る期間も長いです。

日本刀は注文を受けてから完成するまでには半年から1年、
こだわりがある場合は2年かかることもあります。

吉原氏は2017年には年10本の日本刀を作っていました。

刀を作る作業は地金選びから始まります。
そこから鋼を作り、鍛錬、仕上げを行うため、職人の手が必要になります。

 

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刀鍛冶の現在の仕事内容や日本全国での人数

日本刀を専門に作る職人のことを刀鍛冶職人と呼び、
日本国内にいる刀鍛冶職人は30人ほどです。

職人の仕事は炭切りといって、
火が回りやすくなるように松の炭を使いやすい大きさに切ることから始まります。

吉原氏によると職人の仕事は自分で見て、親方を手伝い、
自分で覚えるものとのことです。

早い人で1年から2年で覚えます。

炭切りを覚えたら次は先手となります。
先手は親方の指示に合わせて、
親方が鉄の曲げ伸ばし作業する相方として鉄を叩きます。

なお、自分で練習しようと考えても練習することはできません。
目で見て体で覚えることがここでも大切になります。

まとめ

吉原義人(よしんど)氏は刀鍛冶職人として、
日本刀の製作や後進の教育などに力を入れています。

吉原氏が作る日本刀の価格は300万円から400万円、
それ以上することもあります。

刀鍛冶は日本刀を作る職人のことで、日本全国には30人ほどいます。

吉原義人氏は若者に対して、
自分の好きなことや興味があることを見つけて
一生懸命に続けていくことが大切とあるインタービューで話していました。

辛くても楽しくなるまで一生懸命取り組むことが、
どの職業にも共通しているとのことです。

若者に向けてのメッセージの中には、
日本刀文化の普及に尽力した重みのある言葉であると感じました。

吉原氏のことを知ると「目で見て体で覚える」刀鍛冶職人の、
仕事に対する熱い姿勢を学ぶことができました。

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